
AI推進担当者の情報収集と経営判断。リサーチとROIの設計
2026/08/11
執筆:寺田昇平
AI Portalize株式会社 代表取締役/AI Digital Community 代表理事
仕組みとコンサルティング伴走支援の両面で、組織のAI活用の加速を支援。
現場での利用が広がって、ツールも増えてきました。
それでも次年度の予算を取る場面になると説明に詰まる、という相談をよく受けます。
「使われています」は報告になりません。
経営が知りたいのは、いくら投じて何が返っているのかと、次に何をすべきかです。
ここが数字で語れないと、AI推進は「熱心な担当者がやっている活動」から抜け出せません。
この記事では、AI推進担当者が持つべき情報収集と経営判断の設計を整理していきます。

シリーズの最終段階にあたる回です。
ここまでの順番を通して見たい場合は、AI推進の進め方。組織にAIを定着させる10の段階と着手順に全体像をまとめてあります。
「使われています」だけでは、経営は動かない
利用者数や実行回数は、あくまで活動量の指標です。
活動量は、投資判断の材料にはなりません。
例えば「利用者が300人になりました」と報告しても、返ってくるのは「それで何が良くなったのか」という質問です。
数を増やすこと自体が目的ではないので、当然の反応です。
必要なのは、活動量を時間に、時間を金額に変換する道筋を先に決めておくことです。
ここが用意できていれば、報告は毎回同じ形で出せるようになります。
KPIは3層で持つ
一つの指標で全部を語ろうとすると、たいてい失敗します。
だからKPIを3層に分けます。
第1層が活動量です。
利用者数、実行回数、部門別の利用率。
ここは推進担当が次の一手を決めるために見る数字で、経営に出すものではありません。
第2層が削減時間です。
業務ごとに何時間が浮いたかを示す層で、第1層と第3層をつなぐ役割を持ちます。
ここがないと、活動量から金額へ話が一足飛びに飛んでしまいます。
第3層が金額と事業インパクトです。
削減時間を人件費に換算した額、AIに払っている総額、リスク低減。
経営会議に出すのはこの層だけです。
第1層の数字を割合だけでなく回数や日数まで見て、AI活用の現状把握に使う方法も用意しています。
削減時間はどう出すか
厳密な計測はそもそも不可能です。
だから、割り切った方法を決めておきます。
使うのは、1回あたりの削減時間(原単位)×実行回数という掛け算だけです。
例えば議事録の作成が1回30分から5分になったなら原単位は25分で、月に40回動いていれば約16時間という出し方になります。
原単位はAIの前後で実測して決めます。
数人で計って平均を取れば十分で、小数点の精度を求める必要はありません。
むしろ、一度決めた原単位を変えないほうが重要です。
数字が動く理由が実行回数だけになるので、推移が読めるようになります。

ROIの説明は4行で足りる
経営に出す形は、複雑にしないほうが通りやすいと思います。
出すのは4行で足ります。
投じた額、返った額、その差額、浮いた時間で何が増えたか。
この4つ以外は、聞かれてから出せば十分です。
ここで一点、正直に扱ったほうがよいことがあります。
削減した時間が、本当に別の価値に使われているかどうかです。
時間が空いただけで何も増えていなければ、金額換算は帳簿上の話にとどまってしまいます。

情報収集を属人化させない
もう1つ、この段階で問われるのが情報の入り方です。
推進担当が個人で追いかけている状態だと、その人の関心と余力にそのまま左右されます。
異動すれば止まりますし、忙しい月は丸ごと抜け落ちます。
収集は自動化できます。
テーマを決めてニュースを集め、要約して定期配信する。
毎朝チェックする作業を配信に置き換えると、担当が忙しくても情報は届きます。
仕組みの作り方は競合・市場の情報収集を組織の定常業務にするで個別に書いています。
ただし配信されても読まれなければ意味がないので、月1回、情報を打ち手に変える場を置きます。
集まった情報のうち自社に関係するものを3つ選び、試すかどうかを決めます。
この場がないと、情報は流れていくだけです。

競合と市場も定点観測にする
情報収集の対象になるのは、AIの動向だけではありません。
例えば採用市場については採用市場を数字で見る。競合の採用状況・求人比較を定点観測するで扱っています。
同じ業界の他社が何を出しているか、採用でどんな職種を募集しているか。
こうした情報のほうが、AIの新機能より経営の判断に直結することが多いです。
比較可能にするコツは、調査項目を固定することです。
毎回違う切り口で調べると、前回との差分が分かりません。
項目を固定して、同じ物差しで見る必要があります。
この作法そのものは自社と競合を同じ物差しで比べる。範囲を限定した調査の作法にまとめてあります。
リスク低減はどう数字にするか
3層のうち、金額換算がしにくいのがリスクの部分です。
ここは「起きなかったこと」を数えることになるので、削減時間のようには積算できません。
現実的なのは、発生し得た損失の規模と、それを防いだ回数を分けて出すやり方です。
たとえば対外文書の事前チェックで機密の混入を月3件見つけている、という事実だけで十分に伝わります。
1件の損失額を推計して掛け算するより、防いだ回数と種類を並べたほうが説得力があります。
もう1つ、経営が気にするのが逆方向のリスクです。
AIを使うことで生まれるリスク、つまり情報漏えいや誤情報の外部流出のことです。
ここに手を打っていることを同じ資料に書いておきます。
事前チェックをリスク管理の工程として組み込む話は事前チェックを経営リスク管理に組み込む。炎上・法的問題の早期検知で扱っています。
「効果はこれだけあり、リスクはこう管理している」という一組で出すと、判断がしやすくなります。
片方だけ出すと、必ずもう片方を聞かれます。

経営会議に出す資料は1枚に収める
もう1つ実務的な話をすると、分量が多い資料は判断されません。
何枚が適切でしょうか?
20枚の資料を作っても、実際に読まれるのは最初の1枚です。
経営会議で1つの議題に使える時間は、長くても10分程度だからです。
1枚に載せる内容は、投じた額・返った額・差額・浮いた時間で増えたもの・次に投じたい額と使途の5つに絞ります。
第1層の活動量と部門ごとの内訳は、聞かれたときに出す別紙に回します。
そもそも数字を毎回手作業で集計していると続かないので、データ可視化を誰でもできる状態にする。分析レポートの自動生成の形にしておくと楽になります。
書式は毎回変えません。
同じ形で四半期ごとに出していると、経営側は差分だけを見ればよくなります。
前回と比べてどう動いたかが分かる状態になると、報告が判断の材料として機能し始めます。
逆に毎回違う切り口で作ると、その都度ゼロから理解を求めることになり、結局「よく分からないが頑張っているようだ」で終わります。
報告の形を固定することは、内容を良くすることと同じくらい効きます。

推進体制の話に必ず戻ってくる
第3層の数字を作ろうとすると、最終的に体制の問題へ突き当たります。
誰がその数字を集めて、誰が四半期ごとに出すのか。
ここが決まっていないと、初回だけ立派な資料が出て、2回目から止まることになります。
専任である必要はありませんが、役割として明示されていることは必要です。
兼務のまま「余力でやる仕事」に置かれている限り、報告は続きません。
よくある失敗
まず、活動量だけを報告してしまうケースです。
「利用者が増えました」で終わってしまうので、予算の話につながりません。
次に多いのが、削減時間の原単位を毎回計り直すケースです。
数字が動いた理由が原単位なのか実行回数なのか分からなくなって、推移のほうが読めなくなります。
もうひとつが、情報収集を担当の熱意に任せるケースです。
担当が忙しくなった月から、判断が止まります。
経営層自身の解像度が、最後のボトルネックになる
ここまで書いてきたとおり、この段階の要は数字の設計です。
ただ、実務で最後に詰まるのは、数字の作り方ではなく受け取る側の解像度であることが多いです。
AIで現状どこまでできるのかを経営層が把握していないと、出した数字の意味が伝わりません。
「もっと減るはずだ」あるいは「そんなものか」という反応になり、次の投資判断につながりません。
私たちが提供しているAIパーソナルトレーニングは、まさにこの層に向けたものです。
経営者・役員・AI担当が短時間で「いまのAI活用」を掴む形にしています。
数字は作ったのに話が前に進まない、という状態の場合は、こちらから当たるほうが早いかもしれません。
経営に出すのは、KPI第3層の数字だけでいい
AI推進を経営に接続するには、KPIを活動量・削減時間・金額の3層で持ちます。
経営に出すのは第3層だけで、第1層は推進担当が次の一手を決めるために使うものです。
削減時間は原単位×実行回数という割り切った式で出して、一度決めた原単位は変えません。
経営に出す資料は1枚に固定して、毎回同じ形で並べます。
また、情報収集を担当の熱意から仕組みに移し、月1回それを打ち手に変える場を置きます。
まずは主要な業務3つの削減時間の原単位を決めるところから始めるのがよいのではないかと思います。
なお、ここまでの10段階を進める中で出てきやすい疑問はAI推進のよくある質問30。推進担当者からの相談に答えるにまとめてあります。
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