
社内AIツールの内製化。現場が自分で作れる組織にするまで
2026/08/07
執筆:寺田昇平
AI Portalize株式会社 代表取締役/AI Digital Community 代表理事
仕組みとコンサルティング伴走支援の両面で、組織のAI活用の加速を支援。
「こういうツールがあれば楽になるのに」という声は、どの現場にもあります。
多くの組織では、その声がそのまま情シスへの依頼になり、優先順位の列に並んで、数か月待つかそのまま忘れられるかのどちらかに終わります。
現場のほうは次第に諦めて、手作業のまま業務を回すようになります。
ただ、今のAIツールならちょっとした業務ツールくらいは現場の人が自分で作れるようになってきていて、そもそも待つ必要がなくなりつつあります。
この記事では、現場が自分で業務ツールを作れる組織にするまでの設計を整理します。

シリーズの段階7にあたる回です。
全体の順番を先に見たい場合は、AI推進の進め方。組織にAIを定着させる10の段階と着手順から読んでいただくとつながりが見えます。
内製化で本当に変わるのは「待ち時間」
内製化のメリットとして「コストが下がる」が挙げられがちですが、実務でいちばん大きいのは待ち時間がゼロになることです。
情シスに依頼すれば、要件を書いて、順番を待って、出てくるまで数か月かかります。
それが、作るのが自分になるだけで、思いついた日の午後には試せるようになります。
間に入る調整の工程が、そのまま消えるからです。
もう1つの変化が、要件を書けるようになることです。
自分で作ってみた人は、外部に発注するときの要件も具体的に書けるようになるので、内製化の副産物として発注の質も上がります。
現場が自分で作り、作ったものを共有する使い方がAI活用のレベルのどこにあたるかは、4つの段階で整理しています。
誰が作れるようになるべきか。全員ではない
よくある誤解が「全社員がツールを作れる状態を目指す」というものですが、これは現実的でも必要でもありません。
では、誰が作れるようになればよいでしょうか?
目指すのは、部門に1人、作れる人がいる状態です。
その1人が周りの困りごとを拾って形にしてくれれば、部門全体の待ち時間は十分に短くなります。
選ぶ基準は、役職やITスキルよりも面白がって触るかどうかです。
指示されて学ぶ人より、勝手に試している人のほうが伸びます。
この人を明示的に任命して時間を確保してあげることが、推進側の仕事です。
内製化の入口をどう作るかは、現場が業務ツールを自分で作れる組織になる。内製化の入口設計で個別に書いています。
作らせる範囲は「扱う情報」で3つに分ける
自由に作らせると必ず事故が起きるので、ここは線を引いておきます。
ただ、「何を作ってよいか」ではなく、扱う情報のほうで分けるのがコツです。
第1階層は、自分の手元のデータだけを処理するものです。
テキストの整形、表記の統一、CSVの文字化け修正、差分の比較といったあたりが該当します。
データが外に出ないので自由に作らせて構いませんし、ここから始めるのがよいと思います。
例えばCSVで止まる業務をなくす。文字化け・0落ち・突合の内製解決や対外文書の表記ルールを機械的にそろえる。チェックの自動化で、この階層の具体的な題材を扱っています。
第2階層は、社内データを読むものです。
社内文書を参照する、表計算のデータを集計するといったもので、参照範囲と権限の確認が必要になるので、作る前に一声かけるルールにしておきます。
第3階層は、社内データを書き換えるものと、外部と連携するものです。
台帳を更新する、外部サービスに送信する。
影響が自分の手元で終わらないので、ここは推進チームか情シスのレビューを通す形にします。
この3分類を配っておくと、現場は「自分がいまどこにいるか」が分かるので、萎縮せずに動けます。

作り手が続ける条件は「使われた実績が見えること」
内製化が続かない最大の原因は、作ったものが使われているかどうか分からないことです。
そのため、利用回数でも「助かりました」の一言でもいいので、反応が作り手に返る仕組みを置いておきます。
カタログに利用回数を出しておくだけでも、次の1本を作る動機になります。

逆に、使われていないことが分かるのも重要です。
廃止の判断ができるようになります。
ただ、使われないものが並んだままだとカタログ全体の信頼が落ちるので、置き場の作り方そのものは共有したのに使われない。社内AI資産をカタログ化するで整理しています。
超最小単位で作り、捨てる判断を軽くする
作りすぎて失敗するパターンにも、はっきりした傾向があります。
まず、最初から完成品を目指すケースです。
あれもこれもと機能を足しているうちに、使われる前に作るほうが終わらなくなります。
もうひとつが、汎用化しようとするケースです。
「他の部署でも使えるように」と抽象化した時点で、誰にとっても中途半端なものになるので、まず目の前の1人のために作るほうが結果的に広がります。
対策は、1つの用途だけの超最小単位で作ることです。
作るのに半日、使ってみて2週間。
使われたら広げて、使われなければ捨てます。
最初から小さく作っておくと、捨てる判断のほうが軽くなります。
「作ったものを捨てられる」状態は、内製化が健全に回っているサインです。
この作り方の考え方は内製開発は超最小単位で回す。作りすぎて失敗しないためにに、最初の1本の作り方は「あったら便利」を1日で形にする。現場発ツールの作り方と社内配布にまとめてあります。

業務データに触り始めたときが分岐点
第1階層で回っているうちは、リスクはほぼありません。
問題になるのは、便利さが伝わって第2・第3階層に手が伸びたときです。
部門の共有フォルダにある顧客の一覧を読ませる、といった使い方がここに当たります。
本人に悪意はなく便利さの延長でそうなるので、止める設計ではなく気づける設計にしておく必要があります。
境界の引き方は現場が作ったツールが業務データに触り始めたら。個人利用と法人利用の境界、権限の設計は内製環境の権限設定をどう整えるか。安全と速度を両立させるで個別に扱っています。
伝え方も重要です。
「危ないから禁止」ではなく「この階層に来たら一声かけて」という形にします。
作り手のモチベーションを削がずに把握する設計にしないと、地下に潜って見えなくなります。
社外に出したくなったときの審査
社内で好評だったツールを顧客や取引先に見せたい、使わせたいという話は必ず出てきます。
ここは社内向けとは別の基準が要ります。
誰の責任で提供するのか、不具合が出たときに誰が直すのか、相手の情報をどこまで預かるのか。
この3つが決まっていないものは、いったん止めておいたほうが安全です。
進め方としては、推進チームと情シス・法務で簡単な審査の場を用意しておくのが現実的です。
月に1回、出したい人が持ち込む枠を作っておくと、勝手に外へ出ることも、話が止まったまま消えることもなくなります。
情シスとの関係をどう設計するか
内製化を進めると、情シスと現場の関係が論点になります。
対立させるしかないのでしょうか?
「勝手に作られると困る」という懸念は正当なものなので、対立させない設計が必要です。
整理としては、現場が第1階層を自由に作り、第2・第3階層は情シスが見るという役割分担が分かりやすいと思います。
作る主体は現場、線を引く主体は情シス、という形です。

こうすると情シスの負荷は下がります。
これまで「作ってほしい」という依頼を全部引き受けていたものが、「見てほしい」という相談だけになるからです。
依頼の総量が減るので、情シスにとっても悪い話ではありません。
推進担当が最初にやるべきは、この構図を情シスと合意することです。
ここが握れていないと、現場が作ったものが後から止められて、二度と作られなくなります。
内製化が失敗する3つのパターン
まず、教育から始めてしまうケースです。
全社員に研修をして作れるようにしようとするものの、受けた人は作らず、研修コストだけが残ります。
作りたい人を数人見つけて集中的に支援するほうが、結果として速いです。
次に多いのが、作ったものの置き場を決めないケースです。
個人のフォルダに散らばったままだと誰が何を作ったのか分からなくなって、同じものが何度も作られます。
もうひとつが、第1階層を飛ばして第3階層から始めるケースです。
「せっかくやるなら台帳と連携させよう」と最初から複雑なものを狙うと、作るのに時間がかかり、レビューも通らず、最初の成功体験が生まれないまま終わってしまいます。

内製の芽が事業になることもある
もう1つ、この段階で起きることがあります。
社内向けに作ったツールが、そのまま外に出せる価値を持っていると気づく瞬間です。
同じ課題を持つ会社が他にもある、というのは十分にあり得ます。
ただ、社内ツールと提供するプロダクトの間には、設計・運用・責任の面で大きな差があります。
ここを軽く見て進めると、社内の業務まで巻き込んで止まってしまいます。
そもそも作るか買うかという判断の枠組みは、業務システムを内製するか買うか。判断基準を組織のフレームにするで扱っています。
事業化を検討する段階に来たなら、社内ツールとしての設計を一度作り直す判断が必要です。
私たちが提供しているAI開発支援では、事業として成立するかの見極めから、PoC・MVPの開発までを一緒に進めています。
内製したものに手応えがある場合は、考え方の参考になるかもしれません。
内製化は、部門に1人いれば回り始める
内製化の価値は、コスト削減よりも待ち時間がゼロになることのほうにあります。
目指すのも、全員が作れる状態ではなく、部門に1人作れる人がいる状態です。
作らせる範囲は、扱う情報で3つに分けます。
手元のデータだけなら自由に、社内データを読むなら一声かけて、書き換えと外部連携はレビューを通す。
この線引きを先に配っておくと、現場は萎縮せずに動けます。
最も大事なのが、使われた実績が作り手に見えることです。
ここがないと、2本目が生まれません。
まずは第1階層のツールを1つ、部門の誰かに作ってもらうところから動き出しましょう。
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