
特定部署のAI成功事例を全社へ展開する抽象化アプローチ
2026/05/27
執筆:寺田昇平
AI Portalize株式会社 代表取締役/AI Digital Community 代表理事
仕組みとコンサルティング伴走支援の両面で、組織のAI活用の加速を支援。
特定の部署だけAI活用が突出して進んでいて、他の部署は無関心のまま。
導入期の組織では、かなりよく見る状態です。
これ自体は悪いことではありません。
むしろ、最初から全社均一に進むことはまずないので、どこかに濃い場所ができるのは自然な流れです。
もったいないのは、その成功が部署の中で閉じたまま終わることのほうです。
今回は、一部署で生まれた成功事例をどうやって全社へ広げるかを書いていきます。
鍵になるのは、事例を具体のまま配らず、構造として抽象化してから渡す考え方です。
推進全体の流れはAI推進の進め方。組織にAIを定着させる10の段階と着手順にまとめてあります。

まず一点突破で目立つ事例を作る
組織にAIを浸透させるには、どこから手をつければいいのでしょうか?
有効なのが一点突破でインパクトのある事例を先に作ることです。
全社に薄く配るより、どこか一箇所を突き抜けさせるほうが、結果的に早く広がります。
ここで大事なのは、対象の業務を欲張らないことです。
部署の業務全部を変えようとすると時間がかかり、噂になる前に熱が冷めます。
ひとつの工程に絞って、短期間で目に見える差を出すほうが、結果的に全社への波及は早くなります。
インサイドセールスの部署で商談準備を自動化する、問い合わせが入った瞬間に企業リサーチと提案書のたたき台までが生成される状態を作る、といった具合です。
あるいはデザインチームで、複数サイズのバナー生成やテスト用画像の作成を短時間で回せるようにします。
このくらいの変化が特定の部署で起きると、社内で自然に噂になります。
すると、それまで無関心だった部署の反応が「うちもそれをやりたい」という前向きなものに変わってきます。
一点突破の最大の効果は、時間短縮そのものより各部署が自分から手を挙げる状況を作れることにあります。
推進側から説得して回るのと、向こうから相談が来るのとでは、その後の進み方がまったく違います。
一点突破の事例づくりは、AI活用を進める順番では、ルールと業務の洗い出しの次に置いています。
選ぶ基準としては、成果が数字で言える業務かどうかを見ます。
「何時間もかかっていたのが、何分で終わるようになった」と語れると、社内の受け止め方がまったく変わります。
定性的な使いやすさの改善は、本人には価値があっても他部署の関心を引きにくいところがあります。
どの部署で一点突破を狙うかは、データから当たりをつけられます。
部署別・職種別の利用状況の見方は組織のAI推進における課題と機会を特定する分析アプローチで扱っています。
そのまま持っていくと「うちには同じ業務がない」で止まる
隣の部署に事例を持っていくと、何が起きるでしょうか?
熱源ができたら、隣の部署へ広げていきます。
ただ、ここで必ずぶつかるのが、隣の部署には同じ業務がないから使えない壁です。
人事部で社内規定の回答ボットがうまくいったとします。
これをそのまま営業部に持っていっても、営業は社内規定をあまり見ないので、「うちには関係ない」という反応で終わります。
事例紹介の場で、「へえ」と言われて何も起きない、というのはだいたいこのパターンです。
もうひとつ、抵抗の理由として見落とされがちなのが、隣の部署の成功が自部署への圧力に見えるという感覚です。
「あそこがやったのだから、うちもやれ」と受け取られると、内容に関係なく反発が生まれます。
紹介の場では、比較ではなく選択肢として提示する言い方に寄せておくほうが無難です。
つまり、事例を具体のまま配っても横展開はしません。
同じ業務を持っている部署にしか届かないからです。
そこで必要になるのが、成功事例を構造として捉え直す作業になります。
構造を抜き出して、データを入れ替える
人事部のボットとマーケ部のボット、何が同じなのでしょうか?
抽象化といっても難しいことではなく、目の前のツールを用途ではなく構造として見るだけです。
人事部の社内規定回答ボットと、マーケティング部の景品表示法チェックボット。
一見すると別物ですが、構造を見るとほぼ同じです。
どちらも、決まったナレッジを読み込ませて、それに照らして質問に答えたり判定したりしています。
違うのは、読み込ませているデータだけです。
この見方ができると、横展開の会話が変わります。

「人事のボットを使いませんか」ではなく、「この形の仕組みに自部署の資料を入れたら何ができますか」という問いになります。
後者なら、営業部からは提案書のレギュレーションチェック、経理部からは経費規定の判定、といった案が出てきます。
実務としては、事例の紹介資料に構造を書く欄をひとつ足すだけでも効果があります。
「何を読ませたか」「何を判定させたか」「どんな形で出力させたか」。
この3行があると、聞いた側が自分の業務に置き換える作業を、その場で始められます。
推進担当の仕事は、ここを翻訳することです。
事例を紹介するときに、何をしたかだけでなくどういう構造だったかを一緒に説明しておくと、聞いている側が自分の業務に置き換えやすくなります。
業務側から切り出していく手順は業務のAI化の進め方。棚卸しから優先順位付け・実装までの手順が参考になります。
社内データと社外データで発想を広げる
読み込ませるデータは、どこから持ってくればいいのでしょうか?
構造で捉えたあと、読み込ませるデータをどこから持ってくるかで考えると、具体的な案が出やすくなります。
分け方としては、社内データと社外データの2つで考えるのがおすすめです。
社内データは自社独自のルールやマニュアルで、就業規則のQAや、自社製品の仕様に基づく問い合わせ対応が作れます。
社外データは法律や公開情報で、契約書の一次チェックや、業界動向のモニタリングが該当します。

この分け方が効くのは、データの持ち主が違うからです。
社内データは部署が持っていて、社外データは誰でも取れます。
展開の相談をするとき、相手に何を出してもらう必要があるのかが、この時点ではっきりします。
社内データ側で先に手を付けるべきなのは、更新が止まっていない資料です。
誰も直していないマニュアルを読ませると、古い答えを堂々と返すボットができあがります。
展開先を選ぶときは、そのデータに責任者がいるかどうかも一緒に確認しておくと安心です。
さらに、この2つを組み合わせるパターンもあります。
経費規定という社内データと、税務のルールという社外データの両方を参照させる経費精算のチェックです。
片方だけでは判定しきれない業務ほど、組み合わせの効果が出ます。
部署ごとにどんなデータを持っているかを洗い出しておくと、展開先の候補が一気に見えてきます。
職種別の使いどころは職種別AI活用まとめ。営業・マーケ・人事・経理・法務の使いどころ、全社での洗い出しはAI化する業務が見つからない。全社一斉の業務棚卸しの設計にまとめてあります。
「形式を変換する」という切り口
業務のどこに、形式変換の手間が隠れているのでしょうか?
もうひとつの横展開の視点が、情報をある形式から別の形式へ変換する捉え方です。
AIの得意なことのひとつは、テキスト・画像・音声といった形式のあいだを行き来させることにあります。
そのため、業務の入力と出力を並べてみて、形式の変換に人が時間を使っている箇所を探すと、展開先が見つかります。
会議の録画をテキストにして議事録にする、文字だけのマニュアルを図解に変える、長い報告書を要点だけの一覧に落とす、手書きのメモを台帳の行に変える。
どれも中身を新しく生み出しているわけではなく、形を変えているだけの作業です。
探し方としては、その業務で使っているファイルの拡張子が途中で変わっていないかを見ると分かりやすいです。

録画から文書、文書から表、表から資料。
形が変わっている境目には、たいてい人の手作業が挟まっています。
この切り口のいいところは、部署の専門性に依存しないことです。
どの部署にも形式変換の作業はあるので、同じ業務がない、と断られません。
横展開の入り口としては、かなり使い勝手がいいです。
展開する事例は、完成品として配れる形に整えておくと定着が早まります。
配り方の設計は自作AIツールのカタログ化による組織浸透と運用プロセスで扱っています。
形を変えている作業の洗い出しから始めたい場合は、当社のAI伴走支援で、業務の洗い出しとAI化の優先順位づけを現場の担当者と一緒に進めています。
横展開は、事例ではなく構造を配ること
一点突破で作った成功事例は、そのままでは他部署に届きません。
「うちには同じ業務がない」で止まります。
抽象化の切り口は3つです。
まず構造で見ることです。
ナレッジを読ませて判定する、といった形に整理すれば、データを入れ替えるだけで別部署の道具になります。
次に、社内データと社外データの観点で読み込ませる材料を探すことです。
また、形式の変換に人が時間を使っている箇所を探すことです。
推進担当の役割は、事例を他部署向けに翻訳して渡すことだと考えています。
何をしたかだけでなく、どういう構造だったかを一緒に説明します。
進め方としては、抽象化した案をいきなり全社に投げず、関心を示した2〜3部署と一緒に試す形が安全です。
うまくいった形だけを全社に配れば、事例の数が増えるたびに翻訳の精度も上がっていきます。
社内でうまくいっている事例をひとつ選んだとき、それは「何を読ませて何を返しているか」という一文に書き換えられるでしょうか。
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執筆:寺田昇平
AI Portalize株式会社 代表取締役/AI Digital Community 代表理事
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